東京都は本年2018年9月19日、都議会に「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例案」(以下、都条例案)を提出した。
私たちは、東京都が「様々な人権に関する不当な差別と許さない」ことを掲げる人権条例を制定すること、その中に、差別禁止条項を含む「多様な性の理解の推進」に関する章が設けられたこと、及び、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消にむけた取組の推進に関する法律」(以下、解消法)4条2項に基づいて地方公共団体が実施する、不当な差別的言動の解消に取り組む章が設けられたことを歓迎する。都道府県レベルではじめて解消法の実効化を条例制定の形で行うものであり、東京都の取組は国及び他の地方公共団体の取組を促進することを期待したい。解消法施行後2年以上過ぎても、実効化のスピードが遅く、被害者に終わりの見えない苦痛と恐怖を日々もたらしている現状を切り崩す一助となりうる。
他方、条例案の内容は、本年6月に発表された「条例案概要」や、先行例である「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」(以下、大阪市条例)、京都府などの公の施設等の利用に関するガイドラインになどと比べても、後退あるいはあいまい化している箇所が散見される。
私たちは、以下の点について、修正ないし条文解釈の明確化することにより、被害者救済のため実効性があり、かつ、濫用の危険性を防止する仕組みのある、よりよい都条例を制定することを切望するものである。

  1. 前文に、立法事実及び国際人権諸条約を入れる。
  2. 目的に、都による「いかなる差別も受けることがない」社会の実現が含まれることを明確化する。
  3. 3章に、2章の性的マイノリティに対する差別とパラレルに、人種等を理由とする差別的取扱い及び差別的言動の禁止条項、および都の基本計画制定義務など基本法的条項をいれる。
  4. 解消法が地方公共団体に求める相談体制整備(5条)、教育の充実(6条)、ネット対策及び差別の実態調査(附帯決議)を条項に入れる。
  5. 「不当な差別的言動」の定義(8条)を、解消法2条ではなく、人種差別撤廃条約1条1項の定義とする。
  6. 公の施設の利用制限の要件、効果、手続き等の基準を条文に入れる(11条)。
  7. 「不当な差別的言動」と認定された場合は、その概要は必ず公表するものとし、氏名若しくは名称の公表についての基準を条文に明記する(12条)。
  8. 審査会の委員は、人種差別撤廃に関する学識経験者の中から選び、必ずマイノリティ当事者を入れるようにし、都議会の同意を条件とする。委員の人数は20人以上とする(15条)。
  9. 都知事は審査会の意見を尊重すべきとの条項を入れる。
  10. 審査手続きにおいて表現行為者に意見を述べる機会を保障する。

理由はそれぞれ下記のとおりである。

1. 前文に、現在都内で多いときは週1ペースでヘイトデモ・街宣が行われ、また、外国籍住民の4割が入居差別、4人に1人が就職差別を経験するなど法務省の2017年3月発表の調査結果でも明らかになっている深刻な人種差別などの実態を、立法事実として示すべきである。
オリンピック憲章以前に、自由権規約や人種差別撤廃条約など、日本が締約国として履行義務がある諸条約があり、その履行が不十分と国際人権諸機関から何度も勧告されている現実から出発すべきである。

2.「条例案概要」では「あらゆる人がいかなる種類の差別も受けることがなく、人権尊重の理念が広く都民に一層浸透した社会を実現」となっていたが、都条例案では「いかなる種類の差別も許されないという、……人権尊重の理念が広く都民等に一層浸透した都市となることを目的」との表現になっている。理念の浸透は手段の一つであり、目的は、都による「いかなる差別も受けることがない」社会の実現であることを明確にすべきである。

3.都条例案は、ヘイトスピーチ対策のみを取り上げているが、ヘイトスピーチは人種差別の一部であり、人種差別全体に対する取組が不可欠である。オリンピック憲章も人種差別撤廃条約も人種差別全体の撤廃を求めている。
他方、都条例案は、性的マイノリティに対する差別については「不当な差別」全体の解消の推進を趣旨とし(3条)、「不当な差別的取扱い」の禁止規定を置き(第4条)、差別解消に向けての「基本計画」制定と必要な取組推進を都の責務としている(5条)。
都条例案は、解消法の実効化と位置付けられているが、解消法自体に基本法的条項がない。そのため東京都自らが、その旨を2016年9月13日付け要望書で法務省人権擁護局に指摘している。解消法に基本計画などの見通しがないことが、実効化が進まない一因となっている。国がそれらを示さない以上、都民の尊厳と安全に対し責任を持つ東京都が、性的マイノリティに対する差別対策と同様に、基本計画などを示すべきである。
また、大阪市条例には禁止条項がなく、拡散防止措置及び公表制度の主目的が啓発にとどまっており、特にネット上のヘイトスピーチに対しては実効性が弱いことは大阪市長も問題視している。差別撤廃の実効性のためには、最低限禁止規定と何らかの制裁規定が不可欠である。本年8月の国連人種差別撤廃委員会でもヘイトスピーチ、ヘイトクライムを含む包括的な差別禁止法の制定が勧告されている(para.8,14(b))。
この点、都条例案では性的マイノリティの不当な差別的取扱いについて禁止条項を入れているのだから、人種的マイノリティに対する差別的取扱いについて禁止しない理由はないはずである。
差別的言動については、表現の自由の過度の規制とならないよう、深刻な場合に限定した明確な定義と、第三者機関を置くべきである(東京弁護士会人種差別撤廃モデル条例案参照)。

4.都条例案では、解消法の求める基本的施策のうち啓発の推進(第10条)しか条文にないのは解消法の実効化としても不十分である。

5.都条例案では解消法第2条の定義を引用しており、対象が適法居住要件つきの在日外国人若しくはその子孫と非常に限定されている。本来、対象を人種差別撤廃条約第1条1項の定義する対象とすべきである。もし、解消法の定義を使うのであれば、最低限、川崎市の「公の施設利用許可に関するガイドライン」のように、衆参両院の附帯決議が、対象は解消法2条の規定するものに限定されないとしたことを示し、特段の配慮が必要である旨、明記すべきである。特に適法居住要件は、人種差別撤廃条約違反であり、今回の人種差別撤廃委員会による勧告(para13、14)でも批判されている。

6.「条例案概要」では、公の施設利用を不許可とする2つの要件(いわゆる言動要件と迷惑要件)の両方を充たすことが必要と明記されていたが、都条例案では要件が知事一任となっている。しかし、集会の利用制限は、憲法上重要な集会の自由の制限であるため、必要最小限の制限かつ公正な手続きによることが必要であり、過度の制限、濫用の危険性を防ぐため、都議会で議論の上、条文で定めるべきである。
また、要件は、言動要件のみにすべきであり、仮に両方を定めるなら、京都府、京都市のように選択的にすべきである。両方を必要とした川崎市ガイドラインでは要件が厳しすぎて実効性を確保できないことがすでに明らかになっている。
手続は、都民が審査を申請できるようにし、審査会(14条)の調査審議の対象とすべきである。

7.抑止の実効性確保のためには、悪質な場合には氏名もしくは名称を公表することが不可欠である。他方で濫用を防ぐ必要もあるため、知事に一任するのではなく、氏名などの公表についての基準を定め、公表内容についても事前に審査会の意見を聴くよう条例で定めるべきである。
また、都条例案12条は、ヘイトスピーチと認定した場合に、知事の判断で、概要も公表しないことができるように読めるが、それでは条例により認定された結果の全体像も不明確になってしまい、制度の意義も減殺させる。

8.審査会の委員は知事が委嘱することとなっているが、公正性、知事からの独立性を担保するために、大阪市条例と同様に都議会の同意を条件とすべきである。
審査会の委員の条件は、単なる学識経験者では不適切であり、ヘイトスピーチを含む人種差別撤廃に関する学識経験者とすべきである。
また、被害者の意見を聴くことは認定判断にとって不可欠であるから、審査会の委員には必ずマイノリティを入れるべきであり、その旨を東弁モデル条例案のように条項として明記すべきである。
人数については、大阪市の審査会の5人の委員による審査では、審査申出に対して1年以上経っても結論がでていないものもあり、人員が足りないことが明らかになっている。大阪市の約4倍もの人口を有する東京都の委員が5人では機能しないことが最初から明らかであり、最低限大阪市の4倍の人員は不可欠と考える。

9.審査会の意見に法的強制力がないのはやむを得ないが、都知事がその意見を尊重することを担保する条項を入れるべきである。例えば審査会の意見と違う決定をする場合は、その理由をつけて審査会に報告する制度などを導入すべきである(東弁モデル条例案参照)。

10.適正手続きの保障の観点から、差別的言動を行ったと思料される者の弁明の機会を保障すべきである(大阪市条例の第9条2項参照)。

なお、いかなる差別も許さないことを理念とする人権条例をつくるにあたっては、東京都が、同時に、朝鮮学校に対する補助金の再開(人種差別撤廃委員会の2014年勧告para.19)など、自らが人種差別撤廃条約2条1項cにより「政府(国及び地方)の政策を再検討し、および人種差別を生じさせ又は永続化させる効果を有するいかなる法令も改正し、阻止し又は無効にするための効果的措置をとる」義務を誠実に履行することを強く求めることを付言する。

2018年 9月 26日
外国人人権法連絡会
共同代表 田中宏 丹羽雅雄

 

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