2023年12月8日、外国人人権法連絡会は、「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」と共に「相模原市人権施策審議会答申をほぼ無視した条例素案に抗議し、改めて答申に基づく条例制定を強く求める要請書」を公表しました(要請内容は以下を参照)。

 また、同日には相模原市役所「ウェルネスさがみはら」にて移住連、国際的な障害当事者団体の「DPI日本会議」と共に「『相模原市人権尊重のまちづくり条例(案)の骨子』に対する共同要請」を行ないました。
 本要請には当会の師岡康子事・務局長、移住連は鳥井一平・共同代表理事、DPI日本会議からは白井誠一朗・事務局次長が参加しました。市側は条例担当の局長と部長含め計4名でした。

 神奈川県相模原市は2019年に本村賢太郎市長の意向により、ヘイトスピーチ規制を含む差別禁止条例制定の制定を目指すことを明らかにしました。2020年、相模原市人権施策審議会にて、条例に盛り込むべき内容に関する議論が始まりました。そして、2023年3月23日に審議会から市長に「答申」が提出されました。これは次のような画期的な施策を持つ先進的な内容でした。
※これを受け、2023年7月18日には「『(仮称)相模原市人権尊重のまちづくり条例の制定につい(答申)』を正確に反映させた反差別条例の実現を求める共同要請」を行ないました。

 

 「相模原モデル」とも呼ばれ高く注目・期待をされた本条例でしたが、2023年11月17日に公表された「相模原市人権尊重のまちづくり条例(案)の骨子」は、「答申」をほぼ無視した内容でした。今回の要請行動はこれに対する抗議であり、改めて答申に基づく条例を求めました。

 要請では、師岡事務局長から「表現の自由が…」としてヘイトスピーチの罰則規制を拒む相模原市に向けて、同市での立法事実は十分にあり、違憲ではないことを説明し、相模原市内で繰り返されてきたヘイトスピーチを罰則なしで止められるのか、何のための条例なのかと問いました。同様に、市側が「地方自治法上難しい」という「人権委員会」についても、「川崎市人権オンブズパーソン条例を」を一例として紹介しつつ、「附属機関」であっても、、事案ごとの首長からの諮問がなくとも、救済、調査や提言機能を条例で定めれば一定の独立性を持たせることは可能であると述べました。総じてあまりにも「答申」から後退し、差別をなくす意思が見えない「骨子」の内容に「これならない方が良い」と批判しました。

 移住連の鳥井共同代表理事も、市側が主張する「立法事実」の捉え方があまりにも狭すぎると強く批判し、その上で直近の2023年11月には、市内で外国人労働者を標的にしたヘイトクライムが発生したことを紹介しました。

 相模原市では、2016年7月26日、知的障害者施設「津久井やまゆり園」において入所者19人が殺害され、26人が重軽傷を負った「津久井やまゆり園事件」という戦後最悪のヘイトクライムが起きました。昨今、同市では、排外主義団体による差別的な街宣などを含む活動(ヘイトスピーチ)が毎週のように繰り返されてきました。
 このような状況を踏まえて出された「答申」は、当然ながら相模原に必要な条例として提起されています。「答申」を作成した人権施策審議会には憲法学者2名を含め学識経験者も在籍し、他の委員も人権/差別問題に専門的に携わってきたメンバーでした。
 改めて、相模原市および本村市長には「答申」を反映させた差別禁止条例を制定することを求めます。


【報道】
毎日新聞:相模原市人権条例案 相次ぐ骨子見直し要請 「答申に沿って」(2023.12.09)
神奈川新聞:相模原市人権条例案 市の認識、実態とかけ離れ 障害者団体、抗議と要請(2023.12.09)


2023年12月8日

相模原市長 本村賢太郎 様

相模原市人権施策審議会答申をほぼ無視した条例素案に抗議し、
改めて答申に基づく条例制定を強く求める要請書

外国人人権法連絡会
共同代表 田中宏・丹羽雅雄

移住者と連帯する全国ネットワーク
共同代表理事 鳥井一平・鈴木江理子

 私たちは、外国人及び民族的マイノリティの人権を保障し、差別を撤廃する国及び地方における国際人権基準に合致して実効性のある法制度の実現を目的とする全国ネットワークである。今年3月の相模原市人権施策審議会による「(仮称)相模原市人権尊重のまちづくり条例の制定について(答申)」は、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の反差別条例をも超える、「相模原モデル」ともいうべきもので、他の地方公共団体や国レベルでの包括的な反差別法を促進しうる国際人権基準に沿う画期的な案として、各地で反差別法・条例制定に取り組む市民や行政から熱い期待が寄せられていた。私たちも本年7月18日に相模原市長に面談し、「答申」を反映させた反差別条例の制定を求める要望を行った。
 しかし、去る11月17日、相模原市が公表した同条例の「素案」は、「答申」から大きく後退し、本気で差別をなくそうとする意志が見えない、差別の被害者をはじめとする全国の差別撤廃を願う人々の期待を裏切るものだった。
 第一に、「答申」は、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」と同様に、差別的言動を禁止し、勧告・命令を経ても止めない場合は氏名公表及び秩序罰または行政刑罰の対象とすることを求めたが、「素案」は氏名公表のみにとどめた。相模原市内で2019年には人種差別主義団体代表が市議会議会選挙において「規制の法律や条例を作った人間を木の上からぶら下げる」「選挙権がない朝鮮人は帰れ」等と激烈なヘイトスピーチを行い、その後も市議会議員選挙に候補者を出して選挙活動を行うのみならず、韓国籍の人権施策審議会委員に対する市役所前や職場前でのヘイト街宣を行うなど、悪質なヘイトスピーチが繰り返されてきた。市民が毎回現地で抗議活動を行ったことなどにより現在は停止しているが、差別主義団体幹部は相模原市民であり、いつまた街宣、選挙活動が行われるかわからない。実際コリアン市民は、人がいる場所では子どもに母親を「オモニ」と呼ばないよう注意するなど日常的に恐怖のもとにおかれている。街宣を繰り返す差別主義者の氏名はすでに報道されているから、氏名公表制度のみでは止められず、実効性がないことは明らかである。
 なお、表現の自由との関係は、川崎市方式の3回ルールや専門的な第三者機関のチェックなどで担保されており、憲法学者2名を含む審議会が3年以上かけて問題ないと判断した結果が「答申」に示されており、それを行政が無視するのは不合理である。
 第二に「答申」は、差別的言動の禁止対象を、人種、民族、国籍、障害、性的指向、性自認、出身を理由とするよう求めたが、「骨子」では本邦外出身者であることに限定した。戦後最悪のヘイトクライムである「やまゆり園」事件が起きた現地であるにも関わらず、ヘイトクライムを誘引する障害者ヘイトの禁止規定を敢えてはずすことは全く理解しえない。
 また、「骨子」では、障害者への差別的言動については、大阪市ヘイトスピーチ対処条例類似の拡散防止措置の対象としたが、概要を公表するのみであり、氏名公表はしない。これではネットなどであふれる言動を到底止めることはできない。大阪市の氏名公表制度については2022年に最高裁の合憲判決が出ているのだから、表現の自由は不採用の理由とはならず、障害者差別を本気で止める気がないとしか解しえない。
 さらに、性的指向などほかの属性にもとづく差別についてはその対象にすらなっていない。すでに「大阪府インターネット上の誹謗中傷や差別等の人権侵害のない社会づくり条例」等では拡散防止措置の対象となっているのに、後退している。
 第三に、「答申」はやまゆり園事件を前文で、差別的動機に基づく犯罪を意味する「ヘイトクライム」と非難するよう求めたが、「骨子」では「痛ましい」事件とのみ表現し、「ヘイトクライム」どころか「差別」との文言もない。「風化することがないよう」との記載があるが、現在もネット上には加害者を礼賛する投稿が増加しつづけており、「ヘイトクライム」の再現防止こそが喫緊の課題という深刻な状況からかけ離れている。
 なお、「ヘイトクライム」との用語は報道で頻繁に使われており、政府も国会答弁で、差別的動機で行われる暴力や犯罪は許されないとの趣旨の発言を行っており、行政が「答申」の提案をあえて無視する理由は存在しない。
 第四に、「答申」は差別事案発生時には市長が速やかに「声明」を出すことを求めたが、「骨子」では「声明」を出すことが「できる」にとどめた。下記の「相模原市人権委員会」から市長に声明を出すように求めることができる仕組みも不採用となっているので、市長が声明を出す意思がなければ出せず、本来声明は啓発活動として現在でも出すことができるのだから、このままでは条例に入れる意味はほとんどない。
 第五に、「答申」では、人権委員会には「目的」として被害者救済及びや差別的言動の解消を通じて条例の目的を実現することが掲げられ、独自の事務局をおき、市長の諮問がなくとも調査審議、建議を行うことができる制度が提案されていた。国際人権諸条約により地方も含めて日本に求められている、行政から独立した国内人権機関類似の画期的な制度設計であった。しかし、「骨子」では目的条項、救済機能、独立性がなく、「市長から意見を聴かれた場合において」しか動けず、単なる審査会と化している。第三者機関による人権施策、被害者救済の促進は、審議会が最も注力した点であり、表現の自由の問題とも抵触しないのに、行政が答申を無視することは全く正当性がない。なお、首長の「附属機関」であっても、三重県や沖縄県の条例などのように、諮問がなくとも首長に建議できる権限を付与することができるのであり、この点も言い訳とはならない。
 以上より、相模原市による「答申」からの後退は何ら合理的な理由がなく、国及び地方レベルにおける包括的な反差別法制度整備の前進に水を差すものであるから、私たちは、相模原市に対し、画期的な「答申」に立ち返り、条例の「素案」及び今後作成される条例案を答申に忠実に基づいたものに全面的に修正するよう、改めて強く要請する。

以上